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廃墟不動産投資家 村上祐章のブログ

所有権をハックせよ

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    公園で、男の子が石ころを持っていたとします。     その石ころは、その男の子のものと言えます。     誰かが、「その石は俺のものだ」と声をかけたとしても、   石ころを握りしめているその男の子のものであることには違いありません。     しかし、誰かがその辺の石ころを拾ったとき、   先ほどの男の子がやって来て、「その石ころも僕のものだ」と主張してきたら、   それはさすがに通らない話になります。     野原で、女の子が一輪のお花を携えていたとします。     そのお花は、やはりその女の子のものと言えます。     誰かが、「その花は私のものよ」と声をかけたとしても、 お花を大切に持っているその女の子のものであることには違いありません。     しかし、誰かがその辺のお花をつかもうとしたとき、   先ほどの女の子がやって来て、「そのお花も○○子(自分の名)のものなの」と主張してきたら、   それはさすがに通らない話になります。     この話の構図は、本質的には空き家にも同じことが言えると考えます。     地主が、先祖代々から続く大きな屋敷に住んでいるとします。     その屋敷は、その地主のものと言えます。     誰かが、「その屋敷は俺のものだ」と声を上げたとしても、 実際にずっと居住している地主のものであることには違いありません。     そして、地主は周囲一体の土地や建物も「全てはワシのものだ」と主張します。     確かに、人間社会の作った登記簿の制度上ではそうなのですが、   私は本質的な意味においては疑問を持ちます。     「本当に所有してるの?家の中の状態とか、そもそも住所とか知ってる?」   と思うからです。     もちろん、法が整備された社会の制度において、登記簿に載っている人のものであることは間違いないのですが、   名目的な書類上の所有と、実質的で現実においての所有は分けて考えることをちょっとした思考の革命のように提案したいと思います。   永らく放置された空き家のことを、完全に他人のものだとひるんでしまう人が多いのですが、   それは社会制度を単に妄信する、自分の頭で考えることを完全に放棄した奴隷です。     当然ながら、先ほどの石ころやお花の例とは違い、   どんな空き家でもあっても、大人の社会なので登記簿上の名義人や、   その家族などの所有であることは間違いありません。     しかし、長期に渡って家を放置し続けた挙げ句、誰かの指摘を受けて初めて、   その空き家を登記簿上の名義人が「これは私のものだ」と主張するのはおこがましいと感じるのです。     本当に自分のものだとするなら、日々の思い入れやこだわりがあってしかるべきで、   空き家を活用しようとする有志からの連絡を受けてからようやく「これは私のものだ」と声高に主張し始めるのは、   社会の制度においては完全に合法で正しいことなのですが、   精神的で本質的な意味においては、   公園で全ての石ころを、野原で全てのお花を、自分のものだと主張する子供と変わりありません。     ちなみに、この考え方はかなり危険視され得るものであり、 不動産の世界では決して存在しないレベルで革新的です。     持たざる貧しい者の考え方であり、富める者からすると空恐ろしい思想です。     私はすでに富める者達の一角を占めていますが、持たざる者の荒々しい転覆への欲求を大切にしています。     「情熱以外に何も持たぬ若き者達よ、地主の支配を攻略し、知性と行動力と並外れた創造性で富を収奪せよ!」(written by 廃墟不動産投資家)    

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